NHKの番組『やまと尼寺精進日記』で親しまれた副住職の佐々木慈瞳さんが、突然お寺を去って驚いた方も多いのではないでしょうか。ネット上では病気を心配する声もありますが、佐々木慈瞳さんがやめた理由はご家族の介護と公認心理師としての活動を本格化させるためです。
この記事では佐々木慈瞳さんが下山を決断した本当の理由や、緩和ケアやスクールカウンセラーとして活躍する現在の姿を詳しく解説します。また一緒に下山したまっちゃんや、お寺に残ったご住職の現在についてもまとめました。
最後までお読みいただければ、番組終了後の皆さんの心温まる近況がわかり、安心してこれからのご活躍を応援できるようになります。
佐々木慈瞳が音羽山観音寺をやめた理由とは
佐々木慈瞳さんが2020年3月に音羽山観音寺をやめた理由は、大きく分けて「家族の介護」と「緩和ケア・カウンセラーへの転身」の2つです。
NHK Eテレ『やまと尼寺精進日記』のレギュラー放送終了と同じタイミングでのお別れだったため、突然の出来事に驚かれた視聴者も少なくありませんでした。
ここでは、佐々木慈瞳さんが長年親しんだお寺を離れる決断に至った背景や、ネット上で囁かれている噂の真相について、具体的なエピソードを交えながら詳しく解説します。
高齢の家族を支えるための帰省と介護
佐々木慈瞳さんがお寺をやめた一つ目の理由は、高齢になったご家族を支えるために実家へ帰省し、介護に専念するためです。
音羽山観音寺は奈良県の山深くに位置しており、日々のお寺の業務や行事を取り仕切りながら、遠方のご家族のサポートを両立することは物理的に非常に困難でした。
そのため、ご自身の生活の拠点を移し、家族のそばで寄り添うという大きな決断を下したと言われています。
長年お寺の副住職として多くの参拝者の心を和ませてきた慈瞳さんですが、身近なご家族のいざという時にしっかりと向き合いたいという、優しく誠実なお人柄が伝わってくる理由です。
緩和ケアやカウンセラー活動への本格的な転身
二つ目の理由は、公認心理師および臨床心理士としての資格を活かし、緩和ケアやカウンセラーとしての活動を本格化させるためです。
佐々木慈瞳さんが緩和ケアに強い関心を持つようになったのは、ご自身のお父様が病気の告知を受けた際、思うように声をかけてあげられなかったという深い後悔の経験がきっかけでした。
この原体験から、早稲田大学大学院や東北大学大学院の臨床宗教師研修で専門的な学びを深め、国家資格である「公認心理師」や「臨床心理士」を取得されています。
お寺という場所にとどまらず、医療現場や教育現場など、より多くの人々の心に直接寄り添えるフィールドへ進むために、下山という新しい一歩を踏み出しました。
ネット上で囁かれる病気説の真相
佐々木慈瞳さんがお寺をやめたことについて、「ご本人が重い病気にかかったのではないか」という噂がネット上で囁かれることがありますが、これは事実ではありません。
このような推測が広まった背景には、番組の終了に合わせて突然お寺から姿を消してしまったことや、「緩和ケア」という医療に関するキーワードが結びついてしまったことが原因と考えられます。
実際にはご自身の病気ではなく、前述の通りご家族のサポートや、新たなキャリアへの転身が下山の本当の理由です。
現在も奈良県内を拠点に、医療機関での緩和ケアスタッフや教育委員会でのスクールカウンセラーとして元気に活動されており、病気説はファンの方々の心配が先行して生まれた単なる噂に過ぎません。
佐々木慈瞳の現在の職業と幅広い活動内容
佐々木慈瞳さんは音羽山観音寺をやめた後も奈良県に在住し、現在は公認心理師および臨床心理士の資格を活かして、教育・医療・地域社会の3つのフィールドで幅広く活動しています。
お寺という枠組みを超えて、より多くの人々の心に寄り添うために新たな道を歩み始めました。
ここでは、やめた理由にも深く関わっている現在の具体的な職業や、精力的な活動内容について詳しく解説します。
公認心理師やスクールカウンセラーとしての活躍
佐々木慈瞳さんの現在の主な職業のひとつは、奈良県教育委員会のスクールカウンセラーとして、県内の複数の小中学校を巡回する仕事です。
国家資格である「公認心理師」や「臨床心理士」の資格を保有しているため、専門的な知識をもとに子どもたちや保護者の心のケアに直接携わっています。
お寺をやめた理由として「カウンセラー活動への転身」を挙げていた通り、現在は教育現場の最前線でその専門性を発揮しています。
早稲田大学大学院人間科学研究科で学んだ深い知見が、多感な時期を過ごす子どもたちのサポートに大きく役立てられているのです。
病院での緩和ケアやコミュニティナースの取り組み
教育現場だけでなく、奈良県総合医療センターや西奈良中央病院にて、緩和ケアチームや緩和ケア病棟のスタッフとして医療現場でも活躍しています。
ご自身のお父様が病気の告知を受けた際の経験が、現在の緩和ケアの道へ進む大きな原動力となりました。
東北大学大学院で臨床宗教師の研修を修了した僧侶としての顔と、心理の専門家としての顔を併せ持ち、患者さんやご家族の精神的な痛みを和らげる役割を担っています。
また、医療機関にとどまらず、地域住民の健康と安心を支える「コミュニティナース」としての活動や、奈良ニッセイエデンの園で毎月1回開設される「お悩み相談室」の担当など、地域に根ざした活動も展開しています。
全国の講演会やオンライン講座での精力的な発信
さらに佐々木慈瞳さんは、2022年から2026年現在にかけて、全国各地での講演会やオンライン講座に精力的に登壇しています。
医療や教育の現場で得た経験や、お寺での日々の暮らしから学んだ「自分らしく生きるヒント」を、より多くの人に伝えるためです。
具体的な活動実績として、2023年のNHK文化センター浜松教室での講演や、2024年に春日井市民病院で開催された市民公開講座などがあります。
また、2025年には奈良文化高等学校での全校学習会で「いのちのかたち」をテーマに語り、2026年にも中央大学の生涯学習講座でオンライン講座を担当するなど、その発信力はとどまることを知りません。
ちなみに、佐々木慈瞳さんは得度して仏門に入る前、中央大学の事務局に10年間勤務していた経歴があり、母校での講座担当はそうしたご縁も繋がっていると言えます。
やめた理由が前向きな転身であったことを証明するように、現在も生き生きとご自身の使命を果たされています。
一緒に下山したまっちゃんがお寺を去った背景と現在
佐々木慈瞳さんと時を同じくして、番組でおなじみだった「お手伝いさん」のまっちゃんも音羽山観音寺を下山しています。
慈瞳さんがやめた理由とまっちゃんが去った理由は異なりますが、それぞれがご家族のことや自身の将来と真剣に向き合った結果の決断でした。
ここでは、まっちゃんがお寺で働くようになった背景から、下山を決意した本当の理由、そして現在の活動について詳しく解説します。
創作活動への専念と将来の生活の安定
まっちゃんがお寺を去った理由は、自身の創作活動に専念するためと、ご両親の高齢化に伴い将来の生活を安定させるためです。
過去にバックパッカーとして40カ国を旅した経験を持つまっちゃんですが、人間関係の悩みから実家に引きこもっていた時期がありました。
そんな時、通っていた瞑想センターで副住職の佐々木慈瞳さんと出会い、お寺の行事を手伝うようになったのが観音寺とのご縁の始まりです。
その後、7年間にわたり住み込みでお手伝いを続けましたが、ご両親が高齢になる中で「このまま一生お寺に奉仕していく生活で良いのか」と考えるようになったと言われています。
そのため、自身の将来の仕事や生活の自立を考慮し、得意としていた絵や創作活動の道へ進むために下山という選択をしました。
なごみ創作家としての独立と著書の出版
現在まっちゃんは、「なごみ創作家」として独立し、自身の経験を綴った著書を出版するなどクリエイターとして活躍しています。
お寺にいた頃から絵を描き続けており、その温かみのあるイラストや手仕事は番組の視聴者からも愛されていました。
下山後はその才能を本格的に開花させ、初の著書である『尼寺のおてつだいさん』を出版しました。
この本には、お寺での豊かな日々や自身の葛藤、そして自立への道のりが描かれており、発売後に重版されるほどの反響を呼んでいます。
佐々木慈瞳さんとの出会いをきっかけに社会復帰を果たし、7年間の尼寺生活を経て見事に自立したまっちゃんは、現在も持ち前の感性を活かして多くの人に癒しを届けています。
ひとり残された後藤密榮住職と音羽山観音寺の現在
佐々木慈瞳さんとまっちゃんが下山し、音羽山観音寺には後藤密榮(ごとうみつえい)住職がひとり残ることになりました。
2022年にはNHKスペシャルでその後の暮らしが放送され、テレビの前で涙したファンも多かったのではないでしょうか。
ここでは、1200年の歴史を持つお寺をたったひとりで守り続けるご住職の現在の様子や、全国のファンに向けた新しい情報発信の取り組みについて解説します。
1200年の歴史を守り続ける住職の日常
後藤密榮住職は現在も、奈良県桜井市南音羽にある1200年を超える歴史を持つ音羽山観音寺で、元気に日々の生活と行事を守り続けています。
ご住職は29歳のときにお母様を亡くされたことをきっかけに仏門に入り、38歳で荒れ果てていたこの観音寺に入山し、長い年月をかけて手入れを行い現在の美しいお寺に蘇らせました。
2022年4月に放送されたNHKスペシャル「やまと尼寺精進日記 ひとり生きる豊穣」では、佐々木慈瞳さんたちがやめた理由を温かく受け入れ、ひとりになっても変わらず丁寧に暮らす住職の姿が紹介されました。
ご住職の年齢については、2022年時点で71歳という説がある一方で、公式には年齢を公表していないという説もありはっきりしていません。
しかし、2026年現在も変わらずお寺の維持管理や護摩供養などを精力的に行い、訪れる人々に笑顔を見せてくれています。
YouTube配信や新聞連載を通じた情報発信
現在のご住職は、YouTubeチャンネルでの動画配信や新聞での連載を通じて、お寺の様子を全国のファンに向けて積極的に発信しています。
山を下りた佐々木慈瞳さんやまっちゃんに代わり、新しい形でお寺の魅力を伝える手段を柔軟に取り入れているのです。
具体的には、YouTubeの「音羽山観音寺公式チャンネル」を開設し、護摩供養の様子や境内の手入れをする日常の風景を定期的に配信し、元気な姿を見せてくれています。
さらに、2024年5月からは奈良新聞デジタルにて「音羽山観音寺後藤住職の花だより 第二章」という連載をスタートさせました。
テレビ番組が終了し、賑やかだった二人が去った後も、ご住職は新しいツールを活用しながら、お寺の豊かな自然と季節の移ろいを私たちに届け続けてくれています。
佐々木慈瞳がやめた理由と現在の活動についてのまとめ
- 佐々木慈瞳さんが音羽山観音寺をやめた理由は家族の介護と転身のため
- 高齢になった家族を支えるべく実家へ帰省する必要があった
- 父親の病気を機に緩和ケアへの関心を強く抱いていた
- 公認心理師と臨床心理士の国家資格を活かして活動を本格化させた
- ネット上で囁かれる「重い病気にかかった」という噂は事実ではない
- 現在は奈良県に在住し、医療・教育・地域の3つの分野で活躍中
- 奈良県教育委員会のスクールカウンセラーとして小中学校を巡回している
- 奈良県総合医療センターなどで緩和ケアチームのスタッフを務めている
- コミュニティナースや「お悩み相談室」の担当として地域住民をサポートしている
- 2026年現在も全国各地で講演会やオンライン講座を精力的に行っている
- お手伝いさんのまっちゃんが下山した理由は創作活動と生活の安定のため
- まっちゃんは現在「なごみ創作家」として独立し著書も出版している
- ひとり残った後藤密榮住職は現在も音羽山観音寺を元気に守り続けている
- 住職はYouTubeや新聞連載を通じてお寺の豊かな日常を発信している
それぞれの道を歩み始めた佐々木慈瞳さん、まっちゃん、そしてお寺を守り続けるご住職。形は変わっても、皆さんが自分らしく生き生きと活躍される姿を、これからも温かく応援していきたいですね。

