リヤカーマンの愛称で知られる永瀬忠志さん。

日本人の冒険家も沢山居る中でリヤカーを引きながら旅をする人は他に例を見ないと思います。

これまで41年間にわたりわたり、地球1周分以上の距離を歩いてこられました。

今回は、永瀬忠志さんの人並み外れた実績やプロフィール、そして現在の生活ぶりなどを紹介したいと思います。

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リヤカーマン(永瀬忠志)のプロフィール


名前:永瀬忠志(ながせ ただし)
出身;島根県出雲市
1956年生まれ、現在162歳。

食料や水、衣類、寝具、食器など総重量200kg超えの荷物を載せたリヤカーを引きながら世界を旅する冒険家。

そのスタイルからリヤカーマンと呼ばれ、現在までに歩いた総距離は4万7千kmを超える。

小学4年生の時に約20kmを自転車で走り切る小旅を体験し、見たことのない風景や、人と出会う楽しさを知ったことが原点となり冒険家となる。

18歳の時に自転車で海岸沿いを走る日本一周旅行に挑戦。

そして翌年の19歳の時に初めてリヤカーを引いて日本縦断3200kmに挑戦。

それ以来、日本だけでは物足らず世界のあらゆる場所でリヤカーを引く旅を続ける。

リヤカーには「田吾作号」と名付け、「田吾作2号」~「田吾作4号」へと進化していく。

アフリカ大陸~サハラ砂漠横断11,000km 、南アメリカ大陸縦断8800kmなど数々の難関コースを歩いて旅をするという前代未聞の冒険家。

2005年には植村直己冒険賞受賞
永瀬さんの今までの凄まじい冒険の数々を紹介しておきます。

◆1974年(18歳) 自転車で日本一周7500km
◆1978~79年(22歳) オーストラリア大陸徒歩横断4200km
◆1982~83年(26歳) アフリカ大陸徒歩横断6700km
◆1987年(31歳) 韓国徒歩縦断466km
◆1988~89年(32歳) 台湾徒歩縦断536km
◆1989~90年(33歳) アフリカ大陸徒歩横断・サハラ砂漠徒歩縦断11100km
◆1991年(35歳) ジャワ島(インドネシア)徒歩横断800km。強盗に会い253kmでリタイア
◆1995年(39歳) マレー半島(マレーシア)徒歩横断408km
◆1996年(40歳) 南インド徒歩横断562km
◆1997年(40歳) パラワン島(フィリピン)徒歩縦断414km
◆1998年(42歳) モンゴル徒歩縦断864km
◆1999年(43歳) タイ北部徒歩横断596km
◆2000年(44歳) タクラマカン砂漠(中国)徒歩縦断590km
◆2001年(45歳) 紀伊半島徒歩横断155km
◆2001年(45歳) カラハリ砂漠(アフリカ・ボツワナ)徒歩縦断591km
◆2003~04年(47歳) 南アメリカ大陸徒歩縦断8800km
◆2004年(48歳) 沖縄島徒歩一周312km
◆2005年(49歳) 日本徒歩縦断3000km
◆2006年(50歳) アマゾン徒歩縦断900km
◆2007年(51歳) アタカマ砂漠徒歩横断・アンデス山脈徒歩横断975km

クレイジージャーニーでギャラクシー賞受賞

永瀬さんは2016年5月に松本人志、バナナマン設楽、小池栄子が出演しているTBS系『クレイジージャーニー』に出演し、これまで自身で撮影した旅の映像などを公開しました。

この放送に反響があり、放送文化の発展と向上に貢献した番組や個人、団体などに贈られるギャラクシー賞(2016年5月度月間)を受賞します。

番組の中で永瀬さんは「先の見える旅は面白くない」とおっしゃっています。

実際、人生においても先の見えない方を選んでおられます。

旅の映像は殆ど自分で見返すことはないそうで、老後の楽しみにしているとのことですが常に前進あるのみの生活をされている永瀬さんに過去を振り返る日がくるのでしょうか?

現在は


永瀬さんは、大阪府立成城高等学校に非常勤講師として在籍されており、生徒達に「ものづくり」を教えています。

冒険家として活動する前は教員の免許を取得し一時期、教師として勤められていたことがあります。

授業の一環として、生徒達が鉄パイプを切断したり、溶接をしたりした自作のリヤカーで一緒に大阪から三重県の伊勢神宮まで5日間で155キロを歩くというイベントを企画されており、このイベントは毎年のように行われています。

自作のリヤカーが、どれだけの耐久性を持っているかという学生時代に機械工学を学ばれた永瀬さんならではのイベントです。

この企画については、あくまでも自由参加ですが工作技術が身につくことに加え、ゴールした時の達成感も味わえます。とても貴重な経験ができるカリキュラムですね!

高校や大学はどこ?


永瀬忠志さんの学歴を紹介します。

高校は島根県立出雲工業高等学校機械科卒業、そして大学は大阪産業大学工学部機械工学科を卒業されています。

大学時代は、1年の夏休みに、自転車で日本沿岸部を一周したり、2年の夏には徒歩で日本縦断に挑戦、さらにはオーストラリア4200km 横断と、学業の傍らアルバイトでお金を貯めては旅に出るという生活をされていました。

大学を卒業してからも暫くは就職することなく、旅を中心とした生活をされています。

仕事や収入は?


永瀬さんの主な仕事や収入源としては何と言っても著作権による印税収入です。

ネットで検索しただけでも、ザッと10冊前後の本が出版されていました。

これほど異次元の経験や実績のある人が書く本ですから十分価値がありますね!

さらに、様々なところから講演会の依頼があるようで、貴重な体験談を聞きたいと結構引っ張りだこのようです。

てっきり大手のスポンサーと契約しているのかと思いましたが、リヤカーを見ても特にステッカーなども貼っていませんので、それは無いようですね。

下記に永瀬忠志さんの出版されている主な著書を紹介しておきます。

• 『GO!!豪大陸 田吾作号の冒険 オーストラリア大陸4200キロ リヤカー野郎徒歩横断 』(立風書房,1982年)
• 『田吾作、アフリカを行く―リヤカーで大陸横断6700キロ』(立風書房,1986年)
• 『リヤカーマン アフリカを行く―歩いてアフリカ大陸横断11000キロの大冒険 』(学習研究社,1991年)
• 『サハラてくてく記―リヤカーマン アフリカ大陸横断11,000キロ』(山と溪谷社,1994年)
• 『アジアてくてく記―足で旅した6200キロ』(山と溪谷社,1998年)
• 『リヤカーマン―徒歩で地球一周4万キロ (post card collection)』(スタジオワープ,2005年)
• 『リヤカーマン―地球一周4万キロを歩いた男』(毎日新聞社,2006年)
• 『リヤカーマン アンデスを越える―アタカマ砂漠、アンデス山脈越え1000キロ徒歩横断』(日本経済新聞出版社,2008年)
• 『リヤカーマン、歩いて世界4万キロ冒険記 』(学習研究社,2008年)
• 『絵本 リヤカーマンって知ってるかい?』(少年写真新聞社,2016)

まとめ

さて今回は冒険家、永瀬忠志さんについて色々と紹介してみました。

世界中をリヤカーで旅するなんてブッ飛んだ冒険家ですから、天涯孤独の自由人かと思いきや、永瀬忠志さんはお子さんも2人いらっしゃる普通の4人家族です。

どうやらリヤカー地球一周のドMさを除けば、普段は常識的な生活をされているようです。

還暦を超えたとはいえ、まだまだモチベーションは落ちていないようですので、きっと新たな挑戦を企んでいることでしょう。ますます今後の永瀬忠志さんに注目したいですね!

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